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福岡高等裁判所 昭和52年(ネ)136号 判決

控訴人

月形秀雄

右訴訟代理人

辻丸勇次

倉増三雄

被控訴人

北村正

外七名

右被控訴人ら訴訟代理人

瀬岡秀親

主文

原判決を左の通り変更する。

被控訴人北村正は、控訴人から金二〇〇万円の支払を受けるのと引換えに控訴人に対し、原判決別紙目録一、(三)記載の建物を収去して同目録二、(三)記載の土地を明渡し、かつ、昭和五二年一一月一日より明渡しずみまで、3.3平方メートル当り一ケ月金六〇円の割合による金員を支払え。

被控訴人浜地平司は控訴人に対し、原判決別紙目録一、(一)記載の建物を収去して同目録二、(二)記載の土地を明渡し、かつ、昭和五二年一一月一日より明渡しずみまで3.3平方メートル当り一ケ月金六〇円の割合による金員を支払え。

被控訴人浜地吉雄は、控訴人から金一八〇万円の支払いを受けるのと引換えに控訴人に対し、原判決別紙目録一、(二)記載の建物を収去して同目録二、(二)記載の土地を明渡し、かつ、昭和五二年一一月一日より明渡しずみまで3.3平方メートル当り一ケ月金六〇円の割合による金員を支払え。

亡松田弥三吉訴訟承継人被控訴人松田春義、同浅川ヨシ子、同原博、同権藤清、同松田綾子は、控訴人に対し、原判決別紙目録一、(四)記載の建物を収去して同目録二、(四)記載の土地を明渡し、かつ、昭和五二年一一月一日より明渡しずみまで3.3平方メートル当り一ケ月金六〇円の割合による金員を支払え。

控訴人の被控訴人らに対するその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人らの負担とする。

事実《省略》

理由

一〈省略〉

二そこで、控訴人の昭和五二年一〇月三一日をもつてする存続期間終了の主張について検討する。

1  〈証拠〉によれば、控訴人が昭和五二年四月二八日被控訴人らに対し、同年一一月一日から本件土地の使用関係を継続する意思がない旨の更新拒絶の意思をなし、右意思表示はそのころ被控訴人らに到達したことが認められる。

そして、控訴人が右期間終了後も引き続き被控訴人らに対しその各所有建物の明渡を求めていることは記録上明らかである。

以上によれば、控訴人は遅滞なく借地法第六条所定の異議を述べたものというべきである。

2  被控訴人らは、換地後の土地については、その場所、面積について当事者間の合意がなく未確定である旨主張するが、これは、被控訴人らが従前の土地に賃借権を有していたとしても換地後の土地について使用収益権限がない旨の控訴人の主張と表裏の関係にあり、理由がないものと考えるが、この点に関する判断は原判決理由第二項(原判決一一枚目表三行目から同一三枚目表一行目まで)と同一であるからこれを引用する。

三控訴人は、前記異議申出には、正当事由がある旨主張するので以下検討する。

〈証拠〉を総合すると次の事実を認めることができる。

1  昭和五二年一一月現在における本件土地周辺の状況については、本件土地の北側を走る住吉通りは、博多駅から渡辺通り一丁目を経て天神などの市内中心繁華街に至る、人や車の往来の激しい市内有数の幹線道路となつているため、本件土地の周辺は道路に面して商店や事務所が軒を連ね、これらの建物も従来の木造二階建を相次いで三、四階建の近代的建物に増改築され、本件土地の東方一〇〇ないし一五〇メートルの地点には富士フィルムビルや船津ビル等の九階建ビルが新築され、本件土地の西方渡辺通り一丁目には一〇階建の都市開発ビル建築中であり、本件土地の周辺地域の市街化、建物の高層化は着実に進行中である。これに比べれば、被控訴人ら所有の本件建物は、いずれも、遅くとも大正年間に建築された老朽化の著しい木造の二階建であつて、周囲の状況をみると、もはや場違いの様相を呈しているし、都市の発展、市街地の土地利用の効率化の観点からしても、著しく経済性を欠くものとなつてきている。

2  控訴人は、昭和五二年夏ごろ、渇望していたビル建築の念願を具体化すべく、本件二八八番の土地と隣接の二八九番の土地上にビル一棟、二七八番の土地上にビル一棟を建設しそれぞれ一、二階を店舗、三階以上七階までを賃貸住宅とする計画のもとに大成建設に設計を依頼し、その設計計画では前者は総工費四億六、〇〇〇万円、後者は総工費一億一、〇〇〇万円という概算となり、右工事費は住宅金融公庫の融資を受けてこれに着手するよう準備をととのえていた。

3  控訴人は、本件土地周辺の土地を切り売りして固定資算税を支払い、その残余代金で福岡市西区今宿の自宅を購入したほか本件土地を含む一連の土地しか資産を有しないところ、本件土地を含む福岡市博多区住吉四丁目二七八番、二八八番および二八九番の土地の固定資産説評価額は昭和五二年度で金二億三一三万四、六〇二円、昭和五四年度で金二億七、三七六万一四〇円であり、かつその固定資産税額も昭和五二年度で金一二九万八、六〇二円、昭和五三年度で金二五六万六、六〇〇円、昭和五四年度で金三〇四万七、〇五九円に達するが、右土地の利用については被控訴人北村正らの建物の存在によつて著しく制約を受け、僅かに青空駐車場を経営しその収入によつて年間約四〇〇万円、それと駐車場周辺の広告看板料によつて年間約五〇万円をあげているに過ぎず、土地利用の効率の点ではきわめて不十分で周辺土地と一括して高層ビルを建築することによつて都市部における土地利用の効率を高め、控訴人の生活の安定を図る必要があるが、他に地代賃料としては、昭和三二年以来被控訴人北村正が月金四二〇円、同浜地平司が月金八二〇円、同浜地吉雄が月金三七〇円、同松田春蔵が月金七二〇円を供託しているにすぎない。

他方、賃借人側の事情については次のとおりである。

1  〈証拠〉によれば、被控訴人松田春義は本件土地上の建物の一階を車庫として使用し、二階に次男一家を居住させているが、自らは右建物の近所に控訴人から土地を買受けて建物を建築しこれに居住しているほか、昭和三三年六月福岡市博多区博多駅南六丁目に宅地429.75平方メートル、同46.28平方メートルの二筆を、昭和三六年六月同所に宅地396.69平方メートルをそれぞれ購入し、同年一〇月ころ建物を建築したが、さらに実質上同被控訴人が経営する有限会社松田商店が昭和四一年三月ころ同所に宅地330.86平方メートルを購入し洗瓶工場、瓶置場として使用し、福岡県粕屋郡志免町にも約六〇〇坪の土地を所有し倉庫を建築し瓶置場としても使用していることが認められる。右事実によれば、従前に比べ、同被控訴人らの本件土地使用の必要性は著しく減少しているものと認められる。〈中略〉

2  当審被控訴人浜地平司本人尋問の結果によれば、被控訴人浜地平司は、本件土地上の建物に居住したことがなく、その所有建物の各一部を奥田ハルエに賃料月一万三、〇〇〇円で江本某に賃料月四、〇〇〇円で賃貸しているところ、かつて奥田ハルエとの間に一〇年後に明渡す旨の裁判上の和解が成立したがその期限が昭和五三年をもつて終了したこと、被控訴人としては、現在大阪で会社員をしている弟浜地友明を将来右建物に居住させたい意向であるが、この点は不確定であることが認められる。

3  当審被控訴人浜地吉雄本人尋問の結果によれば、被控訴人浜地吉雄は、軍人恩給が年間八万円、美野島小学校の警備員をして月収九万円のほかに、校庭開放指導員としての手当が若干あるだけで生活に余裕がなく、その所有建物には妻と二人で居住し、娘二人はそれぞれ玉屋および岩田屋デパートに勤務し、近所に部屋を借りて生活していることが認められる。

4  当審被控訴人北村正本人尋問の結果によれば、被控訴人北村正は、従業員四人を雇つて本件建物内において印刷業を営み、税務署の申告額月収約一二、三万円のほか傷痍軍人恩給年間二六〇万円を受給しているが、そのほかにはこれといつた財産はないことが認められる。

四控訴人は、被控訴人北村正、同浜地吉雄に対し、正当事由の補強として、同人の希望があれば建築予定のビルの入居を用意する旨主張するが、控訴人の申出は、入居の時期、方法、場所、面積、賃料等について今後の推移にまたねばその内容を確定しえないものであるから、これを正当事由の一要素として採用することはできない。

五以上の事実をふまえて、控訴人の異議申立が正当事由を具備するか否かについて双方の事情を比較考量してみる。

1 控訴人が多額の固定資産税を納入しながら本件土地の利用を数一〇年来待ちわび、かねてからの渇望である本件土地の利用を高層ビルの建築により実現し、もつて自らの生活の打開を図ろうとするのはもつともなことであり、しかも右建築計画が合理的な実現可能なものであると共に右高層ビルを建築することにより本件土地周辺の発展、再開発に寄与し、市街地における土地利用の効率を高めることにもなることを考えるとその必要性はきわめて大であると言わなければならない。

2 被控訴人北村正は本件建物で印刷業を営んでいるから、年収四〇〇万円を超える一応の所得を有することを考慮に入れても、無条件で本件土地を明渡し、他に営業場所を探すとなると、その蒙る生活上の損失はかなりのものがある。

3 被控訴人浜地平司は本件土地上の建物に居住せず、これを他に賃貸している位であつて、弟を将来居住させたい意向を有しているものの、これも不確定のことであるから本件土地を使用できなくなることにより蒙る損失は少ない。

4 被控訴人浜地吉雄は収入も少なく、他に資産を有しないから、本件土地を明渡すとなると相当の生活上の損失は免れないが、相応の立退料があれば、夫婦二人だけの住居を求めることは現時住宅事情の下では必ずしも困難ではない。

5 被控訴人松田春蔵は他に幾多の不動産を所有しているから、必ずしも本件建物階下を車庫として使う必要はなく、次男の住居を他に求めることもその資力からして容易であると認められるから、同被控訴人ら(その余の共同相続人たる被控訴人らを含む)の本件土地を使用する必要は極めて薄い。

6 以上諸般の事実に、本件被控訴人らが本件土地を二〇年来の長きに亘つて固定資産税額にも及ばない低額な賃料で賃借し、その期間内に本件土地の利用を十分に享受したことを考慮すれば、控訴の本件更新拒絶の申し入れは、被控訴人浜地平司、同松田春義らに対しては正当事由を具備するが、被控訴人北村正、同浜地吉雄に対しては無条件では正当事由を具備せず、これを補充するものとして(補充しうるゆえんについては後記認定のとおり)被控訴人北村正に対し金二〇〇万円、同浜地吉雄に対し金一八〇万円の提供により正当事由を具備するに至るものと判断する。

なお、控訴人は当審において立退料の提供による本件土地の明渡を予備的請求と構成するが、無条件の明渡と立退料と引換えによる明渡請求とは、一個の請求であつて、第一次請求と予備的請求の関係に立つべきものではないと解すべきである。

六被控訴人らは、控訴人の立退料の提供は正当事由の基準時に遅れてなされたものであるから正当事由を補完するものではない旨主張するので、この点について検討する。

もとより、正当事由の有無の判断は、従前の賃貸借の期間満了時を基準時とすべきであるが、立退料の提供は、それのみでは正当事由の根拠となるものではなく、他の諸般の事情と総合考慮され、相互に補完し合つて正当事由の判断の基礎となるものであるところ、すでに、右基準時に賃貸人より立退料の提供を正当事由の補充として後日主張することが予想される場合は、賃借人の防禦権を損うおそれがないから、右基準時以降における立退料提供の申立は遅滞なくなされる限りにおいてこれを基準時における正当事由の判断の基礎となしうるものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、記録上明らかな事実および弁論の全趣旨によれば、控訴人が被控訴人らに対し前記立退料の提供を申立てたのは昭和五四年四月一九日の口頭弁論期日においてであり、賃貸借期間終了である昭利五二年一〇月三一日から一年四ケ月をへだたるものでかなりの時間が経過したことは否めないけれども、控訴人は昭和三三年二月一一日の本訴の提起から今日に至るまで訴訟の全経過を通じて終始本件土地の明渡を求め、第一、二審を通じて数次に亘り立退料を支払う案を呈示して和解を希望し、これに応じた相手方とは和解により紛争解決していたことが認められ、以上の事実によれば、控訴人の前記補充条件としての立退料提供の申出は被控訴人らの予想しうべき範囲内にあり、しかも、本件訴訟の経過に照らし遅滞なくなされたものと認められるので、これを正当事由判断の基礎となしうるものと解するのが相当である。〈以下、省略〉

(高石博良 鍋山健 足立昭二)

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